映画の中のサイン
by sda-cinema-p
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第1話 悲しき口笛
f0218826_17291275.jpgフランスのジョルジュ・クロードがネオン技術を発明してちょうど100年になる。ネオン産業はかつて経済発展のバロメーターともいわれたが、まさしく高度成長とともに繁栄し、いまや低成長と不況によって息の根を絶たれようとしている。

このエピソードは終戦直後、国民が混乱と疲弊から立ち直り、希望を胸に歩み始めたころの話である。ネオンが街を明るく彩り、人々の心に潤いと安らぎの光をともした。昭和24年(1949)、美空ひばりが天才少女として彗星のように現れ、初めて銀幕に登場したのが家城巳代治監督の「悲しき口笛」であった。燕尾服にシルクハットというひばりのおませな女の子姿をスチール写真で記憶している人も多いだろう。

その映画に、当時私の父が経営に携わっていた平和ネオンの文字が映し出されたのだ。
ストーリーは戦災浮浪児の美空ひばりが行方の知れなくなった兄と巡り合うまでの紆余曲折を綴ったものだが、兄妹の邂逅の舞台となるは横浜の繁華街にあるダンスホール「オリオン」である。そのダンスホールの外壁に掲げられたOrionのネオン文字の下に「平和ネオン製」の文字が同じくネオンでくっきりと映し出された。
映画のセットにサインが登場し、その製作にメーカーが協力することはよくあることだ。協力に対しては映画の最終字幕で協賛の名でテロップが流れるのが普通だ。映画に映し出されたネオンサインに添えて製作会社名が表示されるなど前代未聞の珍事ではなかろうか。
当時の詳しいいきさつは知る余地もないが、想像するに映画製作に予算の少なかった当時、助監督が映画に社名を出すことを条件にネオンを無償で提供してほしいと頼んできたのではなかろうか。ダンスホール内には結構派手なネオンサインが輝いている。

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さすがに家城監督は自分の作品に製作会社名が映し出されることを嫌ったのではなかろうか。外壁のシーンは二度登場するが、二度目は手前の街路樹で社名が隠れるようになっているし、一度目のシーンもほんの一瞬で観客には見過ごされてしまう程度のものだ。私自身この映画は昔観ているが判別したのはこの話を聞いた後である。それはビデオ時代が到来し、同じシーンを何度も繰り返して観られるようになった以後のことである。
戦後を代表する映画、美空ひばり初登場の映画に父の携わった会社名が映し出されたことでその後の業界の先駆けを感じるとる思いだ。以後の高度経済成長期、ネオンは映画産業とともに発展した。そのネオンに再び活況を取り戻す日が来てほしいものだ。


小野博之(関東地区)





悲しき口笛
監督:家城巳代治
主な出演者:原保美/津島恵子/美空ひばり
公開年:1949年
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by sda-cinema-p | 2010-03-01 17:22 | essey
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