映画の中のサイン
by sda-cinema-p
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第5話 許されざる者
映画のセリフの中で「サイン」とうことばが用いられ、私の耳に深く刻みついた映画があります。
クリント・イーストウッド監督の「許されざる者」という映画です。
かつてオードリーヘップバーンがヒロインをつとめたアメリカ西部劇のリメイク盤で、長くフランシス・フォード・コッポラが脚本の権利を持っていました。

ビリーザキッドのように世に恐れられていたイーストウッドが主人公を演じる老年のガンマンが隠居生活に入っていましたが、ある残虐な事件がおき、かつての仲間と賞金稼ぎの旅にでます。
無事、賞金稼ぎは済むのですが、ストーリーの最後、イーストウッドの相棒が保安官につかまり、鞭でなぶり殺され、バーの入口に「晒し者」にされます。
「賞金稼ぎの末路はこうなってしまうぞ」と死体に「サイン」がつけられ、それを知ったイーストウッドは「A sign on him?」と怒りをあらわにし、敵をとりにいきます。
その時店の店主に「あいつを店の飾り物にしている店主は誰だ?」と主人公が聞きます。店主が「私ですが・・」と答えるとショットガンで即座に射殺してしまいます。

「A sign on him?」、日本語ですと、「店の看板にしているだと!」と訳されると思いますが、イーストウッドの低音の独特な発音な声で発せられた「A sign」という言葉が広義で意味深いものに感じ、いまでも私の記憶から離れないのです。f0218826_1243178.jpg




八島紀明(関東地区)






作品:許されざる者(第65回アカデミー賞 作品賞)
配給:ワーナー・ブラザーズ映画 1992年公開
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド
   ジーン・ハックマン
   モーガン・フリーマン
   リチャード・ハリス
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by sda-cinema-p | 2010-03-29 12:07 | essey
第4話 ダークナイト
f0218826_14513450.jpgアメリカンコミックを原作としたバットマンシリーズ第6作目の「ダークナイト」。
実はタイタニックに次ぐ、全米映画史上2位の総興行収入を記録している大ヒット映画です。
(現在「アバター」が次々とタイタニックの記録を塗変えつつあるので、いずれ3位でしょうか・・・)

ダークナイトとは、バットマンの別称で「闇の騎士」。(「暗い夜」ではありません)
ニューヨークをモデルにした架空都市「ゴッサムシティ」で昼はブルース・ウエインという世界的巨大企業グループ「ウエイン産業」会長を努め、夜になるとマスクと高性能スーツを身にまとって悪と戦うヒーローです。しかしこのヒーロー、蜘蛛に刺されて突然変異しちゃったり、水晶でできた星で生まれたりしていない生身の人間なので、特別な能力を持っていません。バットモービルをはじめとする「バット○○」と名付けられた007 並みの装備をこっそり自社で開発しては、それを武器に戦っているのです。

ここで皆様に紹介したいのが「バットシグナル」。ゴッサム市警の屋上に設置されたサーチライト型の信号灯です。ゴッサムシティで事件が起きると、このバットシグナルが夜空に照射されバットマンが呼び出されるのです。シグナルで映し出されるのは、白い光の正円の中に描かれた、いたってシンプルなコウモリマークだけ。なのに、それが高層ビルの合間から闇に漂う姿は、どこか物悲しくて、たまらなくシュールなのです。まるで、暗い海に静かに光る灯台のようなイメージです。
バットシグナルが放たれた夜は、バットマンの登場に脅えた悪人達の手も止まり、犯罪抑止の効果も上げています。先端技術に囲まれているバットマンなのに、なぜかこのバットシグナルだけは超アナログ的、しかしそこが魅力でもあります。

情報のほとんどが、テクノロジーの媒介によって伝えられている今、こんなサインが実在すれば、情報の伝わり方が、人の心へ、優しく中和されて響くような気がします。
しかし、呼び出したいヒーローが不在の世の中、まずは明日のお天気なんかがぼーっと眺められたら、疲れた夜が、少しだけ癒されるかもしれません。



加藤美香(九州地区)





ダークナイト(The Dark Knight )
監督 クリストファー・ノーラン
製作 クリストファー・ノーラン/ チャールズ・ローヴェン/ エマ・トーマス
脚本 クリストファー・ノーラン/ ジョナサン・ノーラン
出演者 クリスチャン・ベール/ マイケル・ケイン/ ヒース・レジャー/ ゲイリー・オールドマン
音楽 ハンス・ジマー/ ジェームズ・ニュートン・ハワード
撮影 ウォーリー・フィスター
編集 リー・スミス
配給 ワーナー・ブラザーズ
   
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by sda-cinema-p | 2010-03-22 14:55 | essey
第3話 魔女の宅急便
そもそもアニメーションとは原作者や監督・脚本といったスタッフの独自の世界観やストーリーで構成されている場合が多い。
ある意味“非現実的=ウソ”の世界ではあるが、日常を逸脱もしくは過去的だったり未来的だったりするその独特の世界観が共感される要素の一つだと思う。

ことに国民的支持を受けているジブリアニメはそのもっともたる作品だ。
宮崎駿氏が監督を努める作品は基本的にこの世にはありえない世界を描いている。
以前スタジオジブリのスタッフも宮崎駿監督のことを「大ウソツキ」と言っていた(笑)
監督の思い描く世界がまったくの想像上の世界だからだ。

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ところが、そんなウソの世界に登場する時代背景や風景・文化といったものはすべて現実的なものばかり。
トトロはいないけど、昭和30年~40年代の農村風景や鎮守の森・和洋折衷の住宅も確かに存在したし、大人用自転車の三角乗りもやった(笑)
イタリアのアドリア海や第一次世界大戦で活躍した飛行艇の存在は現実だけど、豚が飛行艇乗りになった例はない(笑)
中でも私が好きな作品の一つ「魔女の宅急便」
魔女は非現実的だけど舞台設定や風景・小物にいたるまでほとんどがホンモノ。
ジブリによれば、スウェーデンのゴットランド島で徹底的な取材をしたそうだ。
漆喰の壁やテラコッタの赤い瓦・ドーマー・・・街並の風景を見てみると確かにあのランドマークそのものだし、主人公“キキ”が下宿するパン屋さんの鋳物製の突出サインを始め、店舗のオーニング・フラッグ・街灯・ベランダの手摺・消火栓・下水溝のふた、に到るまですべてヨーロッパには存在する。
個人的に「さすが!」と感じたのは、エンドロールに出てくる突出サインのディテールや取付方法。
リベットの位置までこだわってるところには舌を巻いた(笑)
そんな細かなところへホンモノを持ってくる宮崎監督のこだわりには素直に共感できるところだ。

“ウソの世界にあるホンモノ”
ホンモノがもたらす安心感とウソがもたらす非現実感・・・そのギャップの 面白さが視聴者の共感を得る最大の魅力なのかもしれない。




相蘇裕之(東北地区)






「魔女の宅急便」
アニメーション作品
1989年
原作:角野栄子
制作:スタジオジブリ
監督:宮崎駿
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by sda-cinema-p | 2010-03-16 14:54 | essey
第2話 ブレードランナー
f0218826_10332570.jpg「映画の中の看板・・・」というと、すぐ思い浮かぶ光景がある。
フィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化した「ブレードランナー」の始まりのシーンだ。

時は2019年、退廃的な近未来都市ロサンゼルス、高層ビル群のあちらこちらで炎が吹き上がる、その空中を飛行する車、薬品のニオイがしそうな酸性雨の中、水蒸気がたちこめる街には、巨大広告塔はじめ看板やネオンが氾濫している。それらには、様々な文字があり、多国籍な街らしさが出ているが、日本語もやたらと出てくる。
「強力ワカモト」の広告が流れる巨大広告塔は全面LEDディスプレィ。見通しの悪い、雨煙る夜の街に高輝度に光るLED画像は、異様な雰囲気をかもし出している。そして、宇宙開拓用の人造人間(レプリカント)狩りの使命をおった主人公デッカードが登場する。

未来の話でもありながら、生活臭さをかもしだす、この導入部は、映画を観る人をスムーズに物語の中へといざなうようだ。とくにこの主人公が屋台の寿司バーで麺を注文し、割り箸で食べるシーンが印象的だ。日本語の会話が雑踏音声的に聞こえるのがおもしろいし、広告の内容や音声や文字も何か「オカシイ」。広告映像の日本髪の女性が「いそにすむ~ちどり~♪」(古今和歌集の和歌)と謳っているとか、「コルフ月品」のネオンサイン(ゴルフ用品)やら、そこここに「オカシイ」サインが溢れている。また、「安くてうまい」「東京」「五十年」などの落書きが唐突に画面に現れる。これらは新宿歌舞伎町のイメージを重ね、異国情緒を表したようだが、「看板の氾濫」「無意味な情報の洪水」は、我々サイン業界に身をおく者としては考えさせられる。

昨今、デジタルサイネージが多くなり、ハード的な看板の氾濫は減少傾向にあるのかもしれないが、そのソフト面(コンテンツ)には、相変わらず「押し付けがましい情報の洪水」はないだろうか。テレビ広告をそのまま街角で流されると、とてもウルサク感じる。

デジタル時代だからこそ、なおさら「文字および音声・映像情報に依存しすぎるサインの氾濫」を避ける工夫、知恵が必要なのではないかと思う今日この頃である。



木村英昭(関東地区)



「ブレードランナー」(Blade Runner)
1982年アメリカ映画
監督 リドリー・スコット
脚本 ハンプトン・ファンチャー/デイヴィッド・ピープルズ
主演 ハリソン・フォード
音楽 ヴァンゲリス
1983年度ロサンゼルス映画批評家協会賞 最優秀撮影賞受
1983年度アカデミー賞 視覚効果賞・美術賞ノミネート

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by sda-cinema-p | 2010-03-08 10:30 | essey
第1話 悲しき口笛
f0218826_17291275.jpgフランスのジョルジュ・クロードがネオン技術を発明してちょうど100年になる。ネオン産業はかつて経済発展のバロメーターともいわれたが、まさしく高度成長とともに繁栄し、いまや低成長と不況によって息の根を絶たれようとしている。

このエピソードは終戦直後、国民が混乱と疲弊から立ち直り、希望を胸に歩み始めたころの話である。ネオンが街を明るく彩り、人々の心に潤いと安らぎの光をともした。昭和24年(1949)、美空ひばりが天才少女として彗星のように現れ、初めて銀幕に登場したのが家城巳代治監督の「悲しき口笛」であった。燕尾服にシルクハットというひばりのおませな女の子姿をスチール写真で記憶している人も多いだろう。

その映画に、当時私の父が経営に携わっていた平和ネオンの文字が映し出されたのだ。
ストーリーは戦災浮浪児の美空ひばりが行方の知れなくなった兄と巡り合うまでの紆余曲折を綴ったものだが、兄妹の邂逅の舞台となるは横浜の繁華街にあるダンスホール「オリオン」である。そのダンスホールの外壁に掲げられたOrionのネオン文字の下に「平和ネオン製」の文字が同じくネオンでくっきりと映し出された。
映画のセットにサインが登場し、その製作にメーカーが協力することはよくあることだ。協力に対しては映画の最終字幕で協賛の名でテロップが流れるのが普通だ。映画に映し出されたネオンサインに添えて製作会社名が表示されるなど前代未聞の珍事ではなかろうか。
当時の詳しいいきさつは知る余地もないが、想像するに映画製作に予算の少なかった当時、助監督が映画に社名を出すことを条件にネオンを無償で提供してほしいと頼んできたのではなかろうか。ダンスホール内には結構派手なネオンサインが輝いている。

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さすがに家城監督は自分の作品に製作会社名が映し出されることを嫌ったのではなかろうか。外壁のシーンは二度登場するが、二度目は手前の街路樹で社名が隠れるようになっているし、一度目のシーンもほんの一瞬で観客には見過ごされてしまう程度のものだ。私自身この映画は昔観ているが判別したのはこの話を聞いた後である。それはビデオ時代が到来し、同じシーンを何度も繰り返して観られるようになった以後のことである。
戦後を代表する映画、美空ひばり初登場の映画に父の携わった会社名が映し出されたことでその後の業界の先駆けを感じるとる思いだ。以後の高度経済成長期、ネオンは映画産業とともに発展した。そのネオンに再び活況を取り戻す日が来てほしいものだ。


小野博之(関東地区)





悲しき口笛
監督:家城巳代治
主な出演者:原保美/津島恵子/美空ひばり
公開年:1949年
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by sda-cinema-p | 2010-03-01 17:22 | essey