映画の中のサイン
by sda-cinema-p
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第16話 アンネの日記

中学生の時見た初恋映画である。その淡い気持ちと、特定の音に対して恐怖感を持った映画です。淡い気持ちとは、主演のミリー・パーキンスに対して。音に対しての恐怖感とはドイツ・ナチスの警察のサイレンです。
物語は、ドイツ第2次大戦下。ユダヤ人家族のアンネフランク家族は、ユダヤ人狩りから逃れてオランダ人の家の屋根裏に潜んでいた。物音ひとつたてられない生活にも慣れだし暮す日々だったが、いつも警察のサイレンの音がなると家族は緊張した。あるとき建物の下に警察の車がサイレンを鳴らし停車した。そして、密告により屋根裏を見つけられ強制収容所へ連行されていく。その静寂とサイレンの音が、恐怖になり、ドイツ映画でナチスのサイレン音がなるのが怖かった。音はきわめて個人の印象に左右される類例のひとつと思っている。
警察・救急車の音サインは、国により様々である。アメリカ映画の警察の音はアクション映画の影響か、期待感さえ感じられる音に聞こえる。日本では、伝統的に一音で、例えば鐘の音「ゴーン」、駅の発車ベルも以前は「ジーン」であった。救急車も「ウーン」であったが、近年「ピポピポ」となっている。
これを標準化すると、映画の個性がなくなるようにさえ感じる。警察・救急車のサイレン音でその国の音文化がわかるかもしれない。


山口 泰(関東地区)




アンネの日記
1959年製作
監督ジョージ・スティーヴンス
出演新人ミリー・パーキンス
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by sda-cinema-p | 2010-06-28 11:49 | essey
第15話 スターウォーズ エピソードⅣ
私が父に連れられて生まれて初めて映画館で観た作品は、ジョージ・ルーカス監督の「スターウォーズ エピソードⅣ」でした。スターウォーズは現在全6作品で完結しており、最初に公開されたものが原作で4番目のエピソード、以後エピソードⅤ、Ⅵと公開されました。時を経てストーリー展開が過去に遡り、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの製作が後になった理由は、特撮技術が近年になりようやくルーカス監督の思い描く世界を実現できるようになったからということで、監督が温めていた構想が永年かけて遂に実現した形です。

この映画の日本公開が1978年でしたから、私が小学1年生の時です。当時の映画館は今のように完全入れ替え制ではなく、途中で入館してそのまま次回の途中まで見るということが度々あったのを思い出します。館内もあまり快適とは言えず、音響が悪かったり、狭いうえに前の人の頭で字幕が読めなかったり、立ち見や通路に座り込んでの観賞も、人気映画では当たり前のことでした。しかし今でも記憶に残っている映画は、そういった不快な感覚を伴っている作品のほうがむしろ多いのが不思議です。現在のようにCGや音響がリアル過ぎる映画を快適な館内でくつろいで楽しむことは、かえって記憶に残らない娯楽と化しているのかもしれません。

話をスターウォーズに戻します。この映画、未来の宇宙戦争を描いた作品ですが、実はサインは一つも出てきません。ブレードランナーやBack to the Futureのように近?未来を舞台にした作品には、技術や文明の進化を見越して描かれた情景のなかにサインというものが必ず存在し、私たち業界関係者が注目するシーンが出てきます。私たちの世界では今も未来もサインは存在するものと思い込んでいますが、あまりにも果てしない未来の銀河系の彼方には、もしかしたらサインなど一切存在し得ない世界があるのかもしれません。この作品に唯一サインらしきものがあるとすれば、冒頭に流れるオープニングロールです。
宇宙の彼方に流れ去るあの字幕は、行進する軍隊、飛来する宇宙船を連想させる以外に、無限の宇宙空間において、まず観客にスケール感を与える役目を果たすサインのようにも私には見えるのです。



小野利器(関東地区)

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こんな感じのオープニングロールです。



作品;スターウォーズ エピソード4/新たなる希望
配給;20世紀フォックス 1977年公開
監督・脚本・製作総指揮;ジョージ・ルーカス
出演;マーク・ハミル、ハリソン・フォード、他

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by sda-cinema-p | 2010-06-23 15:34 | essey
第14話 ラストエンペラー
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サインを記号として捉えた場合、わたしが印象に特に残っている映画はベルトリッチ監督の「ラストエンペラー」です。中国で最後の皇帝(エンペラー)の一生を描いた物語で、中国の最高権威であった始皇帝が世界大戦や日本の植民地化、文化大革命などを得て、晩年には一清掃夫として人生を終える実話を描いた映画です。その中で一番気になったのはラストエンペラーが晩年、大衆の世界で生きていくとき、番号をつけた服を着ているシーンでした。かつてエンペラーであった主人公は「名前」=「象徴」で呼ばれていましたが、数をつけられることで、マスのなかの一人になり、ただの人になったことが象徴的に描かれておりました。数字や記号を用いることで、代替不可能な個人の存在が、一個の凡庸な存在になってしまうことが表現され、名前や記号、数字を日々扱うサインデザイナーである私にとって、とても印象に残りました。中国で行われた文化大革命では偶像崇拝を禁止し、社会主義の名のもと、市民は人民服に一人一人が人民服に身を包み、個性が消えた時期がありました。それでも人間はどうしても神や国王を求めてしまうようです。現在、紫禁城の前にはエンペラーの代わりに毛沢東の写真が掲げられて、象徴として人民を統治しております。映画のラストシーンで、主人公がかつて慣れ住んだ紫禁城に行き、入口で入場料を支払います。貨幣を支払う=数値化されたことが象徴的に表現されたシーンで映画の幕は閉じます。




八島紀明(関東地区)



作品:ラストエンペラー(第60回アカデミー賞 作品賞)
配給:コロンビア映画 1987年公開
監督:ベルナルド・ベルトリッチ
出演:ショーン・ローン
   ジョアン・チェン
   ピーター・オトゥール
   坂本龍一
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by sda-cinema-p | 2010-06-17 22:51 | essey
第13話 ブレードランナー
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映画についてのサインと言うと直ぐに頭に浮かんだのが「ブレードランナー」近未来の設定だがサイン関係はアジア的と言うか日本的要素がかなり取り入れられていてそれがまた映画の設定の荒廃した近未来をよりリアリティを醸し出す事に一役かっていると思います。
多分テクノロジー=日本という事でこんな演出になったのか?外国から見たアジア(特に日本)がうまく取り入れられた映画だと思います。
近未来=人口増加=自然消滅でゴミゴミした街の中でネオンサインが良く出てきます。
映画自他が薄暗い感じなので、ネオンサインをうまく使った最初の?SF映画じゃないかと
思います。
ネオンサインは使い方によって華やかさ(例えばラスベガス等)も演出することに使えますが
場末の酒場等(ブレードランナーでは良く出てくる)にあると華やかさと言うよりチープ(安っぽさ)さが感じられてこの映画になくてはならない存在になっています。
他にも宇宙船で「大型ビジョン」でコマーシャルが流れたり、人口が多い都市部での広告手段などは現代を先取りしていて面白いと思います。
最近新宿で大型ビジョン設置されているのを見て広告手段はあまり昔と代わり映えしていない感じがしたが、3D映像などは映画でよく出てくるので近いうち3D映像広告が出るのを
楽しみにしています。近未来映画で見たサインや広告手段が実現される可能性が高いとこの映画を見て改めて感じました。



伊藝 博(沖縄地区)



監督:リドリー・スコット
製作総指揮:ブライアン・ケリー/ハンプトン・ファンチャー
製作:マイケル・ディーリー
脚本:ハンプトン・ファンチャー/デイヴィッド・ピープルズ
出演者:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング
配給:ワーナー・ブラザース映画
公開:1982年6月25日
上映時間:117分

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by sda-cinema-p | 2010-06-04 18:36 | essey