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日本サインデザイン協会 SDA出版委員会では映画の中のサインについてのエッセイを広く募集中。
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第9話 めぐり逢えたら
若い頃、シアトルに住んでいたことがあり、「Sleepless in Seattle」というタイトルに興味を引かれて、軽い気持ちで映画を見に行きました。しかしストーリーの楽しさや登場人物の個性豊かな表情にすっかり魅了され、これまで何度いえ何百回見たか分かりません。特に終盤のシーンが私の心を射止めています。そのシーンとは、主人公のアニーが自分の心に迷いを感じながらも婚約者ウォルターとNew Yorkの高層ビル最上階のレストランに座り、ドンペリヨンを注文し、心の迷いを打ち明けようとした瞬間、窓から見えるエンパイヤ・ステート・ビルのライトアップが赤いハート型に点灯するのです。その日はバレンタイン・デーで実に気の利いたライトアップだった訳ですが、アニーはまるで神様からのサインを受け取ったかのように感じたのです。そこで「This is a sign」と名台詞を放つのです。エンパイヤ・ステート・ビルには彼女が心引かれるサムと息子のジョナが待っています。指輪を返し婚約者と別れて、サインを感じた男性のもとに走るアニーは映画の中でずっと笑って走っていました。この映画のベースとなっている「めぐり逢い」という映画ではここで悲劇が起こり、主人公が事故にあうのですが、赤いハートのサインを受け取ったアニーにはハッピーエンドが待っていました。女性だったら誰もが共感するストーリーでしょう。ハートウォーミングな結末と、最後に子供ジョナの笑顔でエレベーターが閉まるシーンは、また最初から見たいという衝動に駆られるほどでした。
私は1998年に福岡タワーのライトアップ改善計画に携わりました。コンセプト会議の中で何度もこの映画のワンシーンの話しをしたものです。何気なく照らし出した風景が、それを見た人の人生まで変えてしまうかもしれない。だからこそシンボルになるタワーの照明はメッセージを伝えなければならないと。私は「光はサインである」というコンセプトを持ってライトアップのデザインをしました。実はこのときは本体の照明を素晴しく改善したのであってイルミネーションのデザインはしていません。だから現在のバレンタイン・デーに点灯される格好悪いハートマークは私のデザインではありません。もしも私がハートマークを出すとしたら、洗練されたインターラクティブな暖かいハートを創っていたことでしょう。そのハートで恋が成就することがあったら、照明デザイナーの冥利に尽きることだと思います。
第9話 めぐり逢えたら_f0218826_14415357.jpg





松下美紀(九州地区)




1993年 Sleepless in Seattle
邦題 「めぐり逢えたら」
監督・脚本 ノーラ・エフロン
撮影 スヴェン・ニクヴィスト
音楽 マーク・シャイマン
主演 トム・ハンクス、メグ・ライアン
レオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント主演1957年の名作「めぐり逢い(1957)」がベースにあり、リメイクではないけれど、目前の幸せに迷うキャリアウーマンと、愛する妻に先立たれたシングルファーザーの運命的な恋を描いた、ハートフルな恋愛ドラマ。そこ、ここに名作「めぐり逢い」のエッセンスが散りばめられた美しく心温まる女性にとっては見逃せない映画です。(著者記)
# by sda-cinema-p | 2010-04-26 14:46 | essey
第8話 七人の侍
第8話 七人の侍_f0218826_131041.jpg「映画の中のサイン」と聞いてすぐに様々な映画に登場する「旗」の映像が頭に浮かんだ。
旗はしばしば歴史映画や戦争映画に登場し、敵味方を区別する。
味方の旗には信念や誇りを抱いたり、敵の旗には権力や結束力を感じて、つい感情を揺り動かされてしまう。
特に、人を鼓舞したり、賞賛を贈ったり、絆を結んだり、勝利や敗北を意味するシーンに登場するとグッとくるものがある。

そんな旗の中でも私が最も印象深いのは、黒澤映画の最高傑作と評されることの多い「七人の侍」に登場する旗だ。
私が好きなこの旗のシンボルは、筆で乱暴に描かれた6つの○と1つの△、その下に書かれた「た」の文字。
その意味は、6人の侍(○)と1人の浪人(△)が農民(「た」)を守るという意味だったと記憶している。
シーンの記憶は正確ではないかもしれないが、シンボルを描く傍らに侍と農民が集まり、そのシンボルの意味を説明すると皆が沸き上がり、三船敏郎扮する菊千代が藁屋根に意気揚々と立てる。そのシーンには笑いと共にジワジワとにじみ出るような喜びがあった・・・という印象で頭に残っている。
決して完成度が高い図柄とは言えない(笑)が、その図柄は勇気がなかった農民に力を与える。
そのシンボルには、侍が農民を守る意思が込められており、真心があって実に暖かい。

もしロゴマーク製作の理想を辿るならば、このシーンにそれが見える気がした。
表現したいことがストレートに描かれたものであって、使う人が誇りを持ち、使うことに喜びを覚えるモノであって、印象深く、どこか暖かい。
なんとなく気に掛かり、「この意味は?」と問いかけたくなるようなデザイン。
実際の仕事では、ロゴマークは最も気を遣わなければならないデザインの一つなのでこう簡単にはいかないが、
難しいことはさておき、版権が許されるならばこのマークでTシャツを作ってもらって、私はそれを着てパリの街を歩いてみたい。




藤井将之(関東地区)



七人の侍
1954年
監督: 黒澤明
出演: 三船敏郎、志村喬、稲葉義男、宮口精二、千秋実

# by sda-cinema-p | 2010-04-19 13:07 | essey
第7話 ゴジラ
昭和恐慌以来の経済危機である。長引く不況と広告費削減の影響から、街の広告塔は全国的に撤去が進み白板や鉄骨が目立つ。
我が博多中洲もこの大不況の波から逃れることが出来ず惨憺たる状況にあり、中洲と言えば川面に映るネオンがその象徴であった時代は遠い昔のこととなっている。

昔の怪獣映画(最近の作品はあまり見ていない)では、破壊されるミニチュアのビルや看板も忠実に製作されていたように思う。又、逃げ惑う人々の背景にある新宿や銀座などの町並み(もちろん中洲も何度も登場)の看板も当時の経済状況や時代背景を知るうえではおもしろいと思う。
昭和時代のゴジラ作品をはじめとする怪獣映画では、その当時の屋外広告のリーダーカンパニーを映像の中に見つけることが出来る。そういった映画の中での看板の役割は、観る人に街並みへの親近感を醸し出していたと思う。

過去のような屋外広告全盛の再来を願うとともに、幼少に戻って怪獣映画をゆっくり観ながら良き時代を想うこの頃である。 第7話 ゴジラ_f0218826_10271028.jpg






前田英幸(九州地区)






ゴジラ(シリーズ第一作)
製作年 1954年
製作国 日本
# by sda-cinema-p | 2010-04-12 10:29 | essey
第6話 秋刀魚の味
私の祖父は、津の出身です。実は、名匠、小津安二郎監督の母、あさゑさんの兄でありました。小津監督が20歳の時、大正12年(1923年)上京して、松竹キネマ蒲田撮影所に入社できたのは、祖父のつてだそうです。その祖父は終戦後亡くなり、私は祖母からその話を聞きました。祖母は、花柳徳紫という、私の敬愛する立派な舞踊家でした。

私の父は、若い頃から自由人で、役者に憧れ、小津監督に役者になりたいと、鎌倉の家に相談に行き、カメラテストまで受けたそうです。しかしながら、大部屋の苦しい生活に入っていけず、生活の安定の為、銀座松屋に勤めるようになりました。美術が好きだった父は、松屋に勤めながら、絵を描いたり、ステンドグラスのデザインなどをしていました。平野翠鈴という画名も名乗っていました。第6話 秋刀魚の味_f0218826_10375764.jpg
私の幼い頃の思い出に、日本橋の狭い家の中で、深夜、大きなキャンバスに膠(にかわ)を使って日本画を描いていた、父の後ろ姿を思い出します。何日も徹夜をして、日展などに出品していた事を思い出します。また、銀座、日本橋、神田あたりの喫茶店のステンドグラスは、ほとんどが父の作品で、よく店に連れて行ってもらいました。

私が祖父と小津監督との関係を知ったのは、私が社会に出て働き始め、独立を決心した、27歳の頃でした。それから、小津安二郎監督の映画は、何度も繰り返し見ています。『東京物語』に尾道から上京した老夫婦を原節子が銀座松屋の屋上に連れて行き、東京の風景を見せる場面、日展のポスターのワンシーン、丸の内や銀座のビル群の風景、そして登場する家族たちの人物像、その全てが、私の家族や思い出とリンクしていきます。

私も社会人としてデザイナーになり、小津作品を何度も見ているたびに、私なりの小津作品の芸術論も深まっていきました。

とても容易に解釈しますと、日本人の美意識を探求し、それを人間の永遠的な生と死の物語として結晶させた芸術であると思います。
その一つ一つのシーンが、モダニズムを追求した、美しい絵画のような画面構成であり、登場人物の振る舞いや、台詞も能に通じています。いかに少ない要素で、人の思いや感情を伝える事ができるのか。その実験的なテーマを繰り返し作品にし、挑戦されています。

私の一番好きな作品は、小津監督の遺作となった『秋刀魚の味』です。その中でも、主人公の平山が通う、小料理屋やバーのシーンです。小津映画には、たびたび登場する、飲屋街の看板です。その看板の一つ一つも、小津のデザインによるもので、グラフィックデザイナーの河野鷹思が、松竹宣伝部勤務時代、手伝っていたと言われています。その看板の文字と色彩がとても軽快で、江戸の粋を感じさせます。
小津作品に登場するこうした看板やポスターは、戦後の日本の復興と、平和の幸せの象徴として、小津監督は描いたと私は考えています。

私も自然とデザイナーになり、サインを仕事とするようになりました。
北鎌倉円覚寺に、小津監督のお墓参りに何度か伺った事があります。1990年頃だったと思いますが、その円覚寺で出会ったお坊さんが、私に御朱印帳をつくって下さいました。小津監督のお墓参りから出発した私の御朱印帳は、今5冊目になりました。そして、私が50歳になった時、奈良吉野とのご縁を頂き、東京代官山から、仕事場を移転する事を決意したのでした。
今は、名古屋、東京方面に行く時は、津を経由して行きます。直接会う事のなかった、祖父や、小津監督の故郷の近くに私は導かれました。人生の流れと出会いは本当に不思議です。そして、小津監督の墓標にある『無』の意味と思いを、私も噛み締めています。

第6話 秋刀魚の味_f0218826_10391873.jpg
ⓒ松竹株式会社




平野湟太郎(関東地区)



秋刀魚の味
1962年
監督:小津安二郎
キャスト:
笠智衆
岩下志麻
佐田啓二
岡田茉莉子 他
# by sda-cinema-p | 2010-04-05 10:40 | essey
第5話 許されざる者
映画のセリフの中で「サイン」とうことばが用いられ、私の耳に深く刻みついた映画があります。
クリント・イーストウッド監督の「許されざる者」という映画です。
かつてオードリーヘップバーンがヒロインをつとめたアメリカ西部劇のリメイク盤で、長くフランシス・フォード・コッポラが脚本の権利を持っていました。

ビリーザキッドのように世に恐れられていたイーストウッドが主人公を演じる老年のガンマンが隠居生活に入っていましたが、ある残虐な事件がおき、かつての仲間と賞金稼ぎの旅にでます。
無事、賞金稼ぎは済むのですが、ストーリーの最後、イーストウッドの相棒が保安官につかまり、鞭でなぶり殺され、バーの入口に「晒し者」にされます。
「賞金稼ぎの末路はこうなってしまうぞ」と死体に「サイン」がつけられ、それを知ったイーストウッドは「A sign on him?」と怒りをあらわにし、敵をとりにいきます。
その時店の店主に「あいつを店の飾り物にしている店主は誰だ?」と主人公が聞きます。店主が「私ですが・・」と答えるとショットガンで即座に射殺してしまいます。

「A sign on him?」、日本語ですと、「店の看板にしているだと!」と訳されると思いますが、イーストウッドの低音の独特な発音な声で発せられた「A sign」という言葉が広義で意味深いものに感じ、いまでも私の記憶から離れないのです。第5話 許されざる者_f0218826_1243178.jpg




八島紀明(関東地区)






作品:許されざる者(第65回アカデミー賞 作品賞)
配給:ワーナー・ブラザーズ映画 1992年公開
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド
   ジーン・ハックマン
   モーガン・フリーマン
   リチャード・ハリス
# by sda-cinema-p | 2010-03-29 12:07 | essey